疾患
disease

肺気腫は、肺の奥にある「肺胞(はいほう)」という組織が壊れ、肺の中に空気が溜まってしまう病気です。体内のガス交換に支障をきたして息を吐き出す力が弱くなるため、軽い運動をしただけでも息苦しさを感じ、慢性的に咳や痰が出るのが特徴です。

肺胞の破壊は、自覚症状が出る何年も前からすでに始まっており、自覚症状が現れる頃には病気が進行している可能性があります。残念ながら一度破壊されてしまった肺胞を元に戻すことはできませんが、早期に発見して進行を抑える治療を行えば、肺の機能を維持して健康な人と同じように生活を送ることも可能です。

肺気腫はたばこを吸う方に多く発症する病気であり、喫煙を続けている限り症状の改善は望めません。喫煙習慣のある方はできるだけ早く禁煙をするとともに、咳や痰、息切れなどの呼吸器症状がある場合には詳しい検査を受け、肺の中の状態を確認しておくことをおすすめします。

肺気腫とは

肺は、体に必要な酸素を取り込み、不要になった二酸化炭素を排出する「ガス交換」の働きをする器官です。口や鼻から取り込んだ空気は気道や気管支を通って肺の中に入り、さらに枝分かれした「細気管支」の先端にある「肺胞」に辿り着きます。
肺胞一つの大きさは、わずか0.1㎜ほどで、無数の肺胞が密集してブドウの房のような形状をしています。それぞれの肺胞は「肺胞壁(はいほうへき)」という弾力性のある壁で仕切られていて、息を吐くと肺胞がぎゅっと縮んで中の空気が押し出されて、外から取り込んだ酸素と不要になった二酸化炭素の交換を行うしくみになっています。

肺気腫は、肺胞を仕切る壁が壊れて、隣り合う肺胞同士がくっついて一つの袋のようになってしまう病気です。このように肺胞壁が壊れて結合したものは「気腫性嚢胞(きしゅせいのうほう)」と呼ばれ、肺の中に複数の嚢胞ができるのが肺気腫の特徴です。
肺胞の壁が減ってしまうと肺の内部はスカスカになり、弾力性が失われて伸びきった風船のような状態になります。その結果、肺胞内に溜まった空気が押し出せず、酸素を多く含んだ新鮮な空気が取り込めなくなるため、息苦しさを感じるようになります。
さらに肺気腫の症状が進行すると心臓にも異常が起こり(肺性心といいます)、心不全を招くと安静時にも息切れが続き、重篤な状態に陥るケースもあります。

なお、肺気腫には「慢性気管支炎」というよく似た疾患があり、肺気腫の患者さんの多くは慢性気管支炎を合併していることから、これらの疾患を総称して「慢性閉塞性肺疾患(COPD)」と呼んでいます。慢性気管支炎は、気管支や細気管支の炎症によって気道が狭くなり、肺気腫と同様に呼吸機能が低下するのが特徴で、肺気腫の患者さんが慢性気管支炎も併発している場合には「慢性閉塞性肺疾患(COPD)」という診断名になります。

肺気腫セルフチェック

以下の条件に当てはまる方は肺気腫を発症するリスクが高いと考えられます。
息切れや咳・痰などの症状が出ている場合には、一度診察を受けることをおすすめします。

  1. 長年(20年以上)たばこを吸っている、または過去に吸っていた
  2. 一日に吸うたばこの本数が多い(20本以上)
  3. 40歳以上である
  4. 慢性的に咳が出る
  5. 階段の上り下りや軽い運動をしただけですぐに息が切れる
  6. 粘りのある黄色い痰が出る
  7. 満腹になると息苦しい、体重が減少している
  8. 風邪をひいた時に呼吸が苦しくなる
(図)肺気腫

肺気腫の原因

肺胞の破壊は、有害な物質を長期間にわたって吸入し続けることによって起こります。
大気汚染のような環境要因が原因で発症することもありますが、最大の原因と言われているのが「喫煙」です。
たばこの煙には4,000種類以上の化学物質が入っており、その中にはニコチンやタール、一酸化炭素などの人体に有害な物質が200種類以上も含まれています。たばこの煙は粒子が非常に小さいため、吸い込んでしまうと容易に肺の奥の部分まで入り込んでしまいます。
実際、肺気腫を患っている方の多くは喫煙習慣があり、喫煙歴が長く(20年以上)、喫煙本数の多いヘビースモーカー(20本以上/日)の方ほど発症する傾向が高くなっています。
さらに加齢も肺の機能を低下させるため、若い頃にたばこを吸い始めた方が40代以降になって肺気腫を発症するケースが増えています。
また、ご自身は喫煙習慣がなくても、ご家庭や職場などで長い間たばこの煙を吸い込むことにより肺気腫を発症する可能性もあるため、受動喫煙にも注意が必要です。

その他、遺伝的な要因で肺気腫を発症するケース(肝臓で生成される「たんぱく質分解酵素を抑制する物質」が先天的に不足して肺胞がダメージを受ける)もありますが、日本人の発症は非常に稀です。

肺気腫の症状

肺気腫には以下のような症状があります。
肺気腫は自覚症状のないうちからゆっくり進行しているため、症状が現れる頃には病気が進行している可能性があります。

息切れ

階段や坂道を上るなどの軽い運動で息が切れるようになります。
季節や一日の中での変化は少なく、動いた時に息切れが強くなり、休むと改善するのが特徴です。
進行により肺の機能が低下して心臓の調子が悪くなってくると、安静にしている時でも息切れが続くようになります。

咳・痰

肺胞の弾力が失われた結果、気道が収縮して狭くなると咳や痰が出やすくなります。
呼吸時に「ヒューヒュー・ゼーゼー」と音がする「喘鳴(ぜんめい)」を伴うこともあります。
特に風邪やインフルエンザなどの感染症に罹った時や、肺の機能が障害されることによって心臓に異常をきたす「肺性心」と呼ばれる状態になると、症状が悪化(急性憎悪)するのが特徴です。

体重減少

肺胞のダメージにより呼吸機能が低下すると、呼吸をするために余分に筋肉を動かさなければならないため、健康な人よりも多くのエネルギーが必要になります。
しかし、肺気腫の患者さんは食事を摂ると息苦しくなって疲れてしまう上、膨張した肺が胃を圧迫して食欲が落ちるため、十分な栄養が摂れなくなることで徐々に体重が減少します。

肺気腫の検査

肺気腫の診断には以下のような検査を行います。

胸部X線検査

X線を使用して肺の大きさや内部の状態を確認する検査です。

CT検査

X線を使用して身体の断面の画像を撮影する検査です。
気腫性嚢胞は正常な肺組織よりも黒く映るので、胸部X線検査では見つけることができない軽度の肺気腫を見つけることも可能です。
当院のCT装置は、撮影しながら最大50%のノイズ低減処理を行う「被爆低減再構成」や、患者様の体型に合わせて最適な線量を自動調整する機能が搭載されており、被爆線量を75%に抑えられるのが大きなメリットです。

呼吸機能検査(スパイロメトリー)

肺の機能を調べる検査です。スパイロメーターという測定機器を使用して、「閉塞性換気障害(呼吸がしにくくなる病気)」の有無を調べます。
喫煙習慣がある方で、息を最大限大きく吸った状態から1秒間に吐き出せる量(1秒量:FEV1)が吐き出した全容量(努力肺活量:FVC)の70%以下、かつ他の肺疾患がない場合にはCOPDと診断します。数値が低くなるほど症状が進行し、重症度が高いと考えます。

※その他、患者さんの症状に応じて血液検査や心電図、心エコーなどの検査を行う場合もあります。

肺気腫の治療

肺気腫の治療には以下のような種類があります。
一度発症すると完治することはないため、肺気腫の治療はつらい症状の改善と病気の進行を抑えることが目的となります。

禁煙

肺気腫の治療には禁煙が必須です。せっかく治療を行っても喫煙を続けている限りは症状の改善は望めません。一度ダメージを受けた肺胞を元通りに戻すことは出来ませんが、禁煙することで進行を防ぐことは可能です。
ニコチン依存症には保険適応になる禁煙補助薬もありますが、一定の条件があります。

薬物療法

おもに以下のような薬剤で、息苦しさや咳・痰などの呼吸器症状を改善します。

  • 気管支拡張薬
    抗コリン薬、β2刺激薬、テオフィリン薬などで気管支を広げます。
    ※副作用や効果の高さから吸入薬を推奨
  • 吸入ステロイド薬
    炎症を抑える効果が高く、急性憎悪を繰り返す重症の場合などに使用します。
  • 鎮咳薬
    咳を鎮める効果があります。
  • 去痰薬
    痰を切り、気道をきれいにクリーニングします。

理学療法(呼吸器リハビリテーション)

息苦しさを改善するための呼吸法(腹式呼吸、口すぼめ呼吸*1)、運動療法や体位ドレナージ*2などを行います。息切れがあると身体を動かすこと自体がつらくなりますが、呼吸法の習得や適度な運動で筋力や持久力を高めることにより、患者さんの生活の質(QOL)を改善する効果が期待できます。
*1 鼻から息を吸い、口をすぼめて長く吐く呼吸法。息の出口を小さくすることで気道や肺の内圧を高めて広く保てるようになり、効率よく空気を吐き出すことができる。
*2 痰などの気道にある分泌物を除去する処置。

酸素療法 ※重症の場合のみ

肺の機能が著しく低下した重症の患者さんは、在宅酸素療法(HOT)の適応になります。
在宅酸素療法は、安静時にも呼吸が苦しく必要な酸素が取り込めないような場合に、自宅や外出先で酸素を吸入できるようにする治療です。息苦しさの改善のほか、心臓への負担を軽減する効果も期待できます。

外科療法 ※適応になる場合のみ

肺内に重度の気腫性嚢胞がある進行期の患者さんは、おもな病変(気腫下肺)を切除し、残った肺の機能を改善させる外科手術(肺容量減少術)が適応になるケースがあります。
手術後は肺の機能が改善し、呼吸器の症状を軽減することができますが、残った部分の気腫化は進んでしまうため、完治は期待できません。
※当院では外科手術は行っておりませんが、手術の適応となる場合には、さいたま赤十字病院など連携病院をご紹介いたしますのでご安心ください。

よくある質問

長年たばこを吸っていると必ず肺気腫になりますか?

たばこは肺気腫の最大の原因ですが、たばこの煙に対する感受性には個人差もあり、たばこを吸っている方の全てが肺気腫を発症するわけではありません。 しかし、慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者の9割以上は喫煙者で、そのまま喫煙を続けて症状が進行すると最悪死に至ることもあるため、注意が必要です。 肺気腫は喫煙者だけでなく、副流煙によって周囲の方も発症する可能性があります。たばこを吸う習慣のある方はできるだけ早く禁煙することをおすすめします。

日常生活でどのようなことに気を付けたらよいですか?

肺気腫の方は、痩せすぎると呼吸に使う筋力の低下を招き、太り過ぎると肺の広がりが制限されてしまうため、しっかりと栄養の管理を行い、適切な体重を維持することが大切です。 病気が進行すると体重が減少してくることから、十分なカロリー摂取を心がけるとともに適度な運動を継続して、筋力や体力を落とさないようにしましょう。 また、感染症に罹ると急性憎悪(急激に病気が進行する)を起こして命に関わることもあります。日頃から手洗いやうがいを徹底して体調管理をしっかりと行い、冬の流行に備えてインフルエンザの予防接種を受けましょう。65歳以上の方や進行した肺気腫の方は、肺炎球菌ワクチンの接種も行っておくことが大切です。

まとめ

肺気腫は、長い年月をかけて発症する病気であり、早期のうちは特別な症状がありません。
しかし、進行すると肺だけでなく心臓にも負担がかかる上、骨格筋の機能障害、栄養障害など全身に症状が及んでくると、日常生活に大きな支障をきたすようになります。
肺気腫は、一度発症すると治療をしても肺の状態が元に戻ることはないため、まずは発症を予防することが重要であり、喫煙習慣のある方はできるだけ早期に禁煙することが大切です。
また、肺の機能を維持するためには早期発見・早期治療が重要です。症状の有無に関わらず、定期的に健康診断を受けておくことをおすすめします。

記事執筆者

しおや消化器内科クリニック 院長 塩屋 雄史

出身大学

獨協医科大学 卒業(平成11年)

職歴・現職

獨協医科大学病院 消化器内科入局
佐野市民病院 内科 医師
獨協医科大学 消化器内科 助手
佐野医師会病院 消化器内科 内科医長
さいたま赤十字病院 第1消化器内科 医師
さいたま赤十字病院 第1消化器内科 副部長
しおや消化器内科クリニック 開業(平成26年)

専門医 資格

日本内科学会認定内科医
日本肝臓学会認定肝臓専門医
日本医師会認定産業医